バイラルネタ:ビデオ
DOLLAR SHAVE CLUB
概要カミソリの刃を、毎月1ドル+送料から届けるサブスクリプション(定期購入)タイプのビジネスを立ち上げた、スタートアップ企業のDOLLAR SHAVE CLUB(ダラー・シェイブ・クラブ)が、バイラルビデオを活用しながらオンラインのみで販促活動を行い、成功している事例です。ちなみに、バイラルビデオの公開後、最初の2日だけで12,000人の契約を得たそうです。
カミソリの替刃というセグメントは、巨大資本の大手で市場を占められており、P&G社のジレット・ブランドがシェア率81%、2位のシック社が17%という状況でした。このセクターに、当時資本金(シード過程で)わずか100万ドル、従業員5人のスタートアップ企業が、オンラインマーケティングのみで、参入していったわけですが、これは例えるならコカコーラ社を相手にスモールビジネスが戦いを挑んでいったような話です。
しかし彼らは見事に成功し、2013年8月の時点では会員33万人になり、その後資本金もトータル2,280万ドルまで獲得し、従業員数も24名になりました。
マーケティング的な成功の要因としては、ユーモアをふんだんに取り入れたビデオと、ソーシャルメディアをうまく有効活用した、そつのないシーディング(種まき)が、まず挙げられます。
更に消費者が大手企業にもつ不平・不満をうまく突き、共感と信頼を得ていったことも大きいと思われます。大手ブランドの、過剰な広告宣伝費やオーバースペック気味の製品による、高い価格設定に逆行するカタチで、色んな無駄を省き、リーズナブルな価格で提供できるようにしています。
なおこの会社は、お客さんからのフィードバックを、必ず取り入れていることもアピールしており、消費者の心理として、大手企業(敵)VS 中小企業(味方)の構図を描かせるような訴求を試みています。
また大手は急激な路線変更が苦手 、もしくはできないことを逆手にとり、新しいビジネスモデルを考え出しています。
ビデオの制作やプロモーションの予算的にも、中小企業で十分行える範疇でありつつ、中小企業であっても、まだ大手と戦える戦術としての貴重な好例と言えます。
解説Old SpiceのCMと同様に、大半の日本人の方には、理解が難しい部分もあると予想できるので、このバイラルビデオのポイントについて、簡単に解説します。
基本のアプローチとしては、Old SpiceのCMと同じく、ユーモア・笑いをベースとしています。ただしDOLLAR SHAVE CLUBの場合、自分達の訴求ポイントは、そのままストレートに、ビデオのコンテンツ内に組み込まれており、真面目なアプローチとユーモアをバランスよく配置しています(Old Spiceは、全般をユーモアとキャラで押しています)
また、ビジュアル・ギャグと台詞のユーモアを、交互にテンポよく来るよう構成されており、必ずどれかのオチが、どれかの年齢層にはヒットするよう、色んなオチが密度濃く敷き詰められているのが、特徴と言えます。
冒頭で、1番のセールスポイントである、毎月1ドルで高品質なカミソリの刃を届けるビジネスであることを伝えた後は、「Our blades are F***ng great.」と、放送禁止用語でカミソリの刃の良さを強調するところから、既にネットユーザーの心を掴みにいっています。
また細かいポイントで、「F***ng」のポスターの文字に使われているフォントやカラーは、インターネットミームと呼ばれる、ネットユーザーには馴染みがあり、消化しやすいものになっています。
「幼児でも使えるよ」と言って、子供が大人の頭を剃っているシーンでは、頭を剃られている大人が読んでいる本は、「リーン・スタートアップという題名の、ムダのない起業プロセスでイノベーションを生みだす」という内容であったのも、細かい演出でした。
また、このちょっとふざけた描写の中にも、頭を剃っている人は、特にコストもかさむので、こんなリーズナブルで使いやすい刃が手に入るよ、というメッセージも込められているのかもしれません。
「高級ブランドのカミソリに月20ドル?無駄な出費はやめようよ。19ドルは(広告費として)テニスのロジャー・フェデラーに行くだけだよ。」と、有名テニスプレーヤーを広告塔に使うから、値段が高くなることを暗に指摘し、大手の価格体系への不満を募りつつ「俺もテニスはうまいよ」と、ラケットで空振りしてみせるユーモアを入れています。
「カミソリに電動ハンドルとか、懐中電灯や孫の手とか、10枚刃なんているの?」と、大手のオーバースペック指向を指摘しつつ、電動ハンドル以外は、極端でナンセンスな機能を、皮肉的なユーモアとして入れています。
更に「 アンタの男前のおじいちゃんなんて、1枚刃とポリオ(昔あったウィルス感染症の1つ)だったでしょ」と、ユーモアを挿入しつつ、(今の男性はひ弱になっており、正しく男をやるのが複雑化しているという、一般認識的背景から、憧れ的存在である)昔の人の、タフでシンプルな男らしさを追求しろよ、というメッセージが、スムーズに嫌味なく込められていると言えます。
「前は何をやってた?」「(従業員:)失業してました」「今は何してる?」「(従業員:)仕事してます」と従業員との掛け合いでは、ただ商品を売っているだけではなく、雇用も生んでいることをアピールしています。
「俺はヴァンダービルト家(アメリカの鉄道王の一族)じゃないけど、自分なりに意味のあることはやってるでしょ」と、大手とは違い、良い会社を作るべく、正しい方向に進もうとしているとアピールしているわけですが、真面目な話をしている中、大人が乗るには明らかに小さ過ぎる、子供用カートを鉄道に見立て、乗っているというビジュアル・ギャグも入れています。
熊の着ぐるみについては、完全に推測の域にはなりますが、もしかしたら、スポーツチームのメタファーになっている可能性があります。ビデオの最初の方で、入り口に貼った紙を破り出てくるシーンがあるのですが、これはスポーツチームが、ホームでの出場の際に、紙のバナーを破って出てくる行為を彷彿させるもので、「ホームチームをみんな応援してくれよ!」というメッセージとも考えられます。そしてスポーツチームの場合、必ずマスコットを置いているので、熊の着ぐるみは、それに該当しているのかもしれません。
最後には、再びセールスポイントとして、消費者のお金を節約していると、アピールしています。
考察全体を通じて、ただふざけて面白おかしくしているわけではなく、随所まで見ていくと、実は極めて信頼のおける真面目な会社であり、スモールビジネスである自分達は、消費者と同じ側のチームであり、悪徳な大手企業と一緒に戦おうというスタンスを、さらっとアピールできている、というバイラルビデオに仕上がっています。
またバイラルマーケティングの成功には不可欠な、シーディング(種まき)にもそつがなく、半年掛けて、有力なブロガーたちとのコネクション作りにも奔走し、時には何時間掛けて、自ら車を運転して出掛けていったそうです。
ビデオでは、CEOが 自ら主役として出演しており、ビデオの構成など、自分で考えたそうです。彼は前職ではデジタルマーケティングに従事しており、多少の編集の経験もあり、大学を卒業してからは、プライベートで即興コメディグループでも活動していたそうで、このビデオの制作費は、何と5000ドル以下でした。
デジタルマーケティングとして、作成された大手のCMを、ソーシャルメディアを活用して、如何に視聴されるようにするかを研究していたことが、先のシーディングの成功にも繋いでいたといえます。
ただここまで前提条件が揃っていなくとも、制作からシーディング(拡散)まで、予算感的に、中小企業でも十分展開可能な範疇のものであったことは、間違えないでしょう。たとえ中小企業でも、バイラルマーケティングを活用して成功させられれば、大手に戦いを挑むことが、不可能ではないことの1つの証明と言えると思います。